Merry X'mas
01:誰が為に花は咲く (2)

 「みんな」
祭が叫んだ。
 そこにいた全員がふりむいた。レッスン前で、更衣室前の柔軟用カーペットにはBクラスの生徒がそろっている。青子、百重、阿枝、子信、赤李、森羅、俊二、満、つづく、綺羅人。全員がいっせいに振り向いて、扉にたつ祭を直視する。祭の後ろには万象が所在無げに立っていた。
「今度の試合、超縮小版くるみ割り二幕だって」
 Tシャツからわずかにはみ出してみえる、祭の黒い五分袖レオタード。
「ちょうしゅくしょうばんくるみわり?」
  一番年上の青子が、首をひねって祭に問いかけた。祭の言う「試合」は「公演」また「発表会」なのだということは分かっていても、聞いたこともない。
「何、それ」
「今度の全クラス合同発表会の演目です。どうも見る限り、ガラ公演みたいな感じなんじゃないかな。一クラスでそれぞれアラビア、中国、トレパック、足笛、金平糖、王子を無理やりつめこむみたいですよ。掲示板に貼ってありました」
 万象が早口で説明した。祭の自由奔放さに万象はいつも連れまわされて、通訳もかねている。万象は森羅の弟で、Bクラスのなかで赤李と同い年の最も年下で、まだ中一の十三歳だ。
「アラビアで男ひとり女ひとり、中国で男ひとり女ふたり、トレパックで男ふたり、足笛で男ひとり女ふたり、金平糖で女ひとり、王子で男ひとり。これで十二人か。群舞がいないな、全員見せ場があるってことかな」
子信が言った。
「役はいつ決まるんだろ。オーディションするかな」
「大仰なこたぁしないだろう、彩子さんだぜ。今日にでもちょっと見てハイ決まり、ってのに百円」
「百円?俊二、けち」
「うるせえ、のぶ。飲み物代だよ、今日は余分がないんだ。なああかりちゃん、賭ける?」
「俊二、年端もいかぬあかりちゃんを巻き込むのはよせ」
あ、えと、とどもる赤李の後ろから、あきれたような森羅の声がした。
「誘うならさおこでも誘っとれ」
俊二は鼻でへっと笑った。
「あほらし。もう行こうぜ、つづく」
「のぶ、あたしたちもそろそろ行こう」
 タオルやらシューズ袋やらを持ち、練習着の上にTシャツやスパッツやレッグウォーマーを着けて、俊二とつづくと祭と子信が出て行った。
「なあんでわたしがあほらしいのよ」
残された青子がぷっと頬をふくらます。
 鏡の前で髪を結い上げながら、阿枝はそちらを見やった。
「でも、いいわねえ。そういえばわたし、『くるみ割り』じゃ花のワルツか雪の精以外踊ったことないわ。毎年のクリスマス公演、もう八回くらいでてるのに」
「でも去年の公演じゃ、花のワルツのソリスト踊っていたじゃない」
百重が口を挟む。
「わたしなんか去年は『クララの友達』のひとりだった。あれ、大して踊らないくせにけっこう疲れるの。ずっとポアントで立ってケタケタ演技してるんだから。演技力がないって怒られるし。今年の公演はどんなコールドでもいいから、二幕にでたいな」
「よく言う」
満が暗い声でぽつりと呟いた。
「去年配役発表があったときは、ねずみじゃなくて良かったって散々嬉しがってたくせに」
満は確かねずみの兵士だった。
「状況は変わったの。わたしは今年、何としても二幕にでる。そのためには今回の合同発表会でいい踊りをしなきゃよね。がんばろう。先に行ってストレッチしてるね」
百重がタオルをゆらゆらさせながら稽古場へ向かうと、満もぶつぶつ言いながら出て行った。時計を見ると、まだ十分以上余裕がある。
「ももえちゃん、はりきってるね」
感心したように綺羅人が言った。
「ももえちゃんも、だんだんまつりとしのぶに感化されてきてるよなあ」
 発表会を試合だと言う祭に。バレエは蹴落としゲームだと言う子信に。
 発表会は、同じ演目・同じ踊りをAクラスからDクラスまであわせて四クラスが踊る。発表会に違いはないが、祭いわく、試合なのだ。AクラスもCクラスもDクラスも、だいたい同じ実力の子が十二人ずついるわけだから、次公演の配役決めの下見がこの発表会なのだと言う。
「やっぱりまつりが金平糖を踊るのかな。もうバリエーションも頭に入っているし」
 去年のくるみ割りでは、祭は金平糖をやったのだ。青子が花のワルツを、百重がクララの友達を、満がねずみを演じているとき、主役とも言える金平糖の精を祭は踊っていた。
 まだもたもたとシニョンを結っている阿枝をちらりと見やって、青子がにこりとした。
「アエダちゃんは、去年は何役だったっけ?」
阿枝が答える前に、綺羅人が答えた。
「アエダはいなかったよ。つむぎ娘で」
阿枝は目をそらした。赤李と万象が、仲良く背筋勝負をしている。
「あら、そうだったっけ」
「うん」
ようやく返した返事が、それ。
 別につむぎ娘が悪い役なわけじゃない。『くるみ割り人形』の話をつむいでいく重要な役だ。年上の上手な子もいたし、小学生クラスの小さな子もいた。けれど『生徒』という役になりレオタードで舞台においたバーで踊るより、チュチュを着けて物語の中に入るほうがよほどいい。つむぎ娘のなかでも対していい配置じゃなかった阿枝は、百重と同じく今年こそ二幕に出たかった。別に『クララの友達』でもかまわないけれど。
「あかりちゃんと万象くんはねずみだったわよね。森羅くんと綺羅人くんは?」
「おれはトレパックだった。五人もいたけど」
森羅が答える。続けて綺羅人が口を開いた。
「おれは例のオリジナルのやつにつづくと出たよ。あのアフリカっぽいやつ」
「ああ」
このバレエ学校が有名なのは、少年ダンサーが多いのがある。女子と同数存在しているのだ。だから『くるみ割り人形』をやるとすると、「フリッツの友人」を馬鹿でかい人数にしない限り、男があまる。だから作ったのが、第二幕の夢の国で中国とトレパックの間に挟んだ『アフリカ』だ。男性だけの踊りで、なかなか豪快な振り付けだった。
「そういえば俊二くん、落とされたんだっけ?フリッツ」
青子に訊かれて、森羅は渋い顔になった。
「ああ、そうだったなあ。あれは俊二悪くないよな、ミスキャストだ。俊二の性格だけ見てフリッツにしたんだろう、どうせ」
俊二はあれで、ダンスールノーブルだと言われている。
 ダンスールノーブルとは王子や貴族などを踊るのにふさわしい男性ダンサーのことで、俊二は口を開けばエセ関西人だが、踊りを踊れば瞬間的に優雅になるのだ。軽くレヴェランスをするだけで、それはもう神々しい。ただ、ある程度のレベルまでいっている俊二とそのやんちゃな性格をみてフリッツなど役を与えるとひどいめにあう。
 俊二はフリッツに抜擢されて、稽古にあがった。そして驚かれた。指導しようとした講師たちは、彼のあまりの狂変ぶりに腰を抜かしただろう。そこにいるのは王子だ。くるみ割り人形にいたずらするための細い剣だって、俊二が持てばそれはすぐさまフェンシングの決闘を申し込むフランス貴族の青年に早変わり。それが彼の『才能』なのだが、おそらくそれはフリッツを演るときには最もいらない『才能』だっただろう。彼は二週間で役を変わった。フリッツからフリッツの友人へ成り下がったのだ。本人は何も分かっていないらしくひどく憤慨し、八つ当たりして椅子を一脚めちゃくちゃに壊した。
「それで、のぶちゃんが何だっけ、アラビアだったわよね」
「でも四組もいて、その一番端だったぜ。Bクラスって祭に賭けるしかないよな」
「そんなことない」
綺羅人が驚いたように言った。
「森羅だってすごいじゃないか。あんなすごいピルエット・ア・ラ・スゴンド、森羅に会うまでおれ見たことなかった」
「おまえ、舞台みないのか」
「違う。同年代で、だよ。おれ全然回れないから」
「コツつかんだら簡単だぜ。今時間あるだろ、教えてやるよ」
綺羅人は睛を輝かせて森羅についていった。
 阿枝は何とかシニョンを結い終えて、トゥシューズの入った袋を持って青子を振り返った。そろそろ行ったほうがいい時間だった。
「さおこちゃん、行こう」
 青子はうなずいて、赤李と万象に声をかけると、阿枝に『足笛の踊り』にかける情熱をとうとうと語りながら稽古場へ入った。


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とりあえず5まで……