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ローズ・ガーデン





「うわ……、むせそう……」

 バラ園の中で空気を吸い込む。
 香水よりも強く、甘く、薔薇の香りが充満していた。

 一本の赤い薔薇に目が引き寄せられ、思わず花びらに触れた。
 シルクの様に滑らかで、そして少し冷たかった。

「僕の庭に勝手に入らないでもらえるかな」

 突然降ってきた声におどろいて振り返ると、そこには赤い髪をした少年が立っ
ていた。
 私は彼の髪がまるで薔薇の様だ、と思った。

「ここ、バラ園でしょ、」
「違う」右手で私の入ってきた入口を指差し、その指を右に移動させる。「君の
言ってるバラ園は、5メートル先を右だよ」

 赤い髪を風に揺らせながら、彼は言った。
 やはり、彼の髪は薔薇のようだと思った。
 赤く、紅く、朱い。

「あなたの庭、」
「そう。僕の庭。まぁ、別に見てるだけなら構わないのだけれど……」

 名前を紫乃(しの)と言う彼は、青色の瞳を真っ直ぐ私に向け、君の名前は、
と聞いた。

「何か必要あるの」
「君が僕の庭を壊して逃げた時に、僕が君を探せるように」

 そういってにっこりと笑った。冗談なのか本気なのか、いまいち分からなかっ
た。

「細川幸(ささがわゆき)。細い川の幸せ、って書くんだ」
「川に幸せなんてこないと思うけど。僕は」
「そういう意味じゃない…………」

 顔は美人(男の子に美人と言うのもどうかと思うけれど、可愛いよりはましだ
と思う。多分)なのに変な子だ、と私は思った。







 それが、出会い。

 あれから三日後の午後、私はまた紫乃の庭にやって来ていた。
 彼は一日の大半を薔薇の世話で終わる、と言っていたので多分今日もいるだろ
う。
 そうふんで彼の庭へ入り、緑の葉の間に見える小さな赤い薔薇に触れた。

「また来たんだ」
「うん。まだ花を見飽きてないから」
「君って結構暇なんだね」
「うん。紫乃も嫌なら来るなって言えばいいのに」
「別に嫌じゃないよ。ただ僕は勝手に何かしてるから君の相手は出来ないけどね」

 そう言いながら左手に鋏を持って赤い薔薇を幾つか切り始めた。

 私は黙って自分の作業を続ける紫乃を気にしないようにして、庭を良く観察した。
気付いたことは、左側の薔薇は全て赤い(若しくはピンク)なのに対し、右側の薔
薇は全て白い色をしていた。
 私は、アリスの様だな、とちらっと思った。(その設定をを使うとすると、紫乃
はハートの女王様と言うことになるのだろうか)

「何で薔薇だけなの」
「。母親の趣味。最も、母は世話をしないけれどね」

 さらっと言った紫乃の言葉は、少し冷たかった。

「じゃぁ、何で紫乃は薔薇の世話をしているの」
「好きだから」
「薔薇が、」
「そう。じゃなかったらやってられないよこんな事。それより、君は白いのとと赤い
のののどっちが好き」
「えーと……、一応赤、かな」
「僕は白い方が好きだけどね」

 彼の手元を見て、私は『赤ばっかりとっているのに、』と聞こうと思ったのだが、
やめた。
 赤い薔薇の様な髪を、彼は気に入っていないのかもしれない。

 私は暫く紫乃の手元や髪に視線を往復させていた。

「この薔薇の名前って、何」

 熱心に集めている赤い薔薇の名前を私は聞いた。
 薔薇はずいぶん集まっているというのに、紫乃はなおもその薔薇ばかり切っていた
ので、少し気になったのだ。

「シルクレッド」
「詳しいね」
「いやでも覚える。毎日世話してれば」
「名札とかあるの」
「違う。図鑑を広げさせられる」
「何で」
「種類によって微妙に手入れが違うから。面倒だから自分でやってもらいたいよ」

 母は自分ではやりたくないからって、僕にやらせるんだ。と紫乃がぼやいた。
 とすると、彼はさしずめ女王の家来のトランプで、紫乃の母が女王なのだろう。そ
んなくだらない事を考えてしまった。
 薔薇をペンキで赤くしているわけでもないのに。

「あ、あとこの緑色……黄緑かな、っぽい色してるのは何」
「それはグリーンアイス。色はソフトグリーン」
「緑茶アイス」
「……何でそうなる。食べ物じゃないんだから…」
「薔薇のジャムっておいしいのかな」
「あのね……人の話聞こうよ」

 あきれた顔をしながら、紫乃はようやく私の顔を見た。
 青い瞳が、綺麗だと思った。

「紫乃ってさ……」
「何」
「薔薇色だね」
「ただの赤毛。僕はあまり好きじゃないけど」
「違う」
「……ごめん、意味がわからない」

 紫乃の赤い髪は赤い薔薇。
 白い肌は白い薔薇。


 そして青い瞳は、不可能の象徴と言われてきた青い薔薇。


「いいな、と思って」
「何が」
「ここは薔薇園だな、って話」

 薔薇に囲まれた庭の、薔薇のような紫乃。
 そこだけは人が入れないような空間。

 そこに入ってきた私は、何かマズイことをしたような錯覚に襲われる。

「まぁ、名前は薔薇園だから間違ってはないけど……、それと僕の薔薇色と何か関係有るの」
「あるけど、教えない。また今度此処に来たら教える」
「そう。僕がその時まで此処にいると良いね」

 笑って意地悪を言う紫乃は、私が紫乃の薔薇園を出て行く時に白い薔薇を一輪差し出した。

「なぁに、これ」
「もし君が理解できたなら」
「何を、」
「また此処に来ても良いよ」

 私の問いには答えず、紫乃は薔薇園の小さな白い門を閉じた。

 私の手には、白い薔薇が一輪あるだけだった。



 end.
 




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