... Aqua Harusora ...


誇りの象徴


「お前、その青い髪…」

しまった…と思ったときにはもう遅く。
髪を隠すように覆っていたバンダナは、はらりと地面に舞い落ちて。
見られてしまった。
青い髪……レイラント一族の証を。

「変わった奴だとは思ってたけど…」
「でも、レイラント族は絶滅したはずじゃ…お前、生き残りか!?」
「何にせよ、レイラント族がこんなところにいて良いと思ってんのかよ!?」
私を取り囲む奴らは、どんどん詰め寄ってくる。

ここでは、青い色は禁忌。
青い色の物を持っているだけで、その者は反逆者と見られ、警備隊につれていかれる。
…青は、レイラント族の象徴だから。

「なんだよ、この青い髪……気持ちわりぃ!!」
そう吐き捨てながら、私を取り囲んでいるうちの1人が私の髪を掴んで引っ張った。
「痛っ…!」
かなり強く引っ張られたため、痛みも相当のもの。
おまけにあちこちから本やらペンやらが私に向かって投げられてくる。

―もうここにはいられない。

その事を悟った私は、髪の毛を掴んでいる奴を突き飛ばし、勢い良く駆け出した。


無我夢中で駆けてきた先は、深い深い森の中。
ここなら誰にも見つからないだろう。
ハァ、ハァと肩でしていた息を整え、私は座り込んだ。

かつて、誇り高き種族として栄えたレイラント族と、ブレスト族。
しかし、ブレスト族がレイラント族を侮辱したことが噂になり。
プライドを傷つけられたレイラント族とブレスト族は戦になり、その規模はかなり大きなものとなった。
関係の無い人々を次々と巻き込み、たくさんの人が死んだ。
レイラント族もブレスト族も絶滅したとされた。
それからも、この2つの種族は憎まれ続け。
レイラント族の象徴の青、ブレスト族の象徴の赤は異端とされた。
さっきも言ったとおり、その色の物を持っているだけで、反逆者として警備隊に連れて行かれるのだ。

レイラント族の生き残りが見つかった、なんてこと。
大問題だ…もうとっくに警備隊に話がいっているだろう。

…見つかったら、きっと殺される。 ― すべてはこの髪のせい。この髪が、青いから…―

私は立ち上がって、まず大きな木の下に落ちていた、両手におさまりきらない程に大きくかたい木の実を拾った。
それから、その木の実を半分に割って中身を出して器にし、その中に淡い茶色の果実をいくつか入れる。
大きめの石を使って、器の中でその実をすり潰し、液状にする。
川のほとりまで歩いていき、手でほんの数滴、すり潰した果実の上に水をたらす。
人差し指で器の中の液体をくるくると軽くかきまぜ、…完成。

私は、器に両手を突っ込んで、ゆっくりとその中の液体をすくい上げた。

髪を染めるための、染料。
これに髪を浸せば、ここの人たちと同じ、淡い茶色の髪になる。
この染料の作り方は、代々レイラント族に伝わるものだ。
いざというときに、レイラント族ということを隠すために。
…しかし、誇り高きレイラント族と呼ばれたくらいだ。
かつてこの染料を使ったものはいない。
どんな危機に陥っても、どんなときでも、みんなレイラント族ということを誇りに思っていたから。
レイラント族ということを隠すことなど、プライドが許さなかったから。
だから…私がこの染料を使えば、レイラント族の誇りを汚すことになる。

だけど…

レイラントの誇りって、なんなんだろう?

ずっと、レイラントとしての誇りを胸に生きてきた。
お父さんにも、お母さんにも、先祖代々から誇りを持てと、そう教え込まれてきた。
どうしてそんなに”誇り”を大事にするんだろうと、疑問に思ったことも無くはなかった。
その愚かしいほどの誇りのせいで、レイラントは全滅してしまったのだから。
…私ひとり残して。

ここに、誇り高きレイラント族はいない。いるのは…それを憎む人たちだけ。
認めてもらえなければ、私はひとり。
私だって馬鹿じゃない。
誇りだけでは、生きていけない。
ひとりでは、生きていけない。

お父さん、お母さん…ごめんなさい。
私は、一族の落ちこぼれです。
一族の誇りを曲げるわけじゃない。でも…でも!私にはもうこれしか手段がない!!

両手にすくった染料に髪を浸そうとした、その瞬間。
私の手に何かかたいものがあたり、染料は手の上からこぼれて地面にシミを作った。
足元に転がる木の実―私が器に使ったのと同じ―を拾い、これが投げられた方向を探す。

「ちょっとちょっと。青い髪は誇り高きレイラント族の証。それを偽るのか?」
声は、上のほうから投げかけられた。
傍らの木を見上げてみると、そこには燃えるような赤い髪の少年が、片手を枝に添えて立っていた。
少年は若い、というより幼い顔立ちで、きっと私と同じくらいだろう。
…そんなことより。
「その、赤い髪の毛…」
「お察しの通り。俺はブレスト族だよ。」
少年は「どうだ、すごいだろう」とでも言いたげに、木の上から飛び降りた。
ブレスト族も、レイラント族と同じで誇り高い。それ故に、あんな争いが起きたのだ。
「ブレスト族は滅んだはずじゃ…」
「俺はブレスト族唯一の生き残り。君も、レイラント族の生き残りなんだろ?」
こくりと頷く私に、少年はいたずらっぽく笑った。
「だったら、そのことに誇りを持たなくちゃ。一族が滅んだ今じゃ、その髪の色だけが君はレイラント族だという証だっていうのに」
「でも…証があれば、私は殺されてしまう!あなたもよ!!その赤い髪があれば、あなたも殺されてしまうのよ!?」
「警備隊に見つからなければ、殺されないさ」
声を荒げる私に、少年は淡々と返す。

警備隊に見つからなければ、なんて簡単に言うけど、実際見つからないように暮らすのは大変なことだ。
当然人里からは離れなければならない。誰もいないところで、こそこそと暮らすのだ。
「人と離れて暮らすなんて…そんなの嫌だ。ひとりは嫌だ。ひとりは…っっ!!」

戦で、みんな死んだ。
お父さんも、お母さんも、みんな、みんな。
私はひとりになった。
なんにもなくなった地をただ呆然と歩き、ようやく見つけた街。
バンダナで髪を隠して、なんとかその街で暮らしてきた。
街の人とレイラント族の私の考えが合わないのか、いじめられたりしたけれど、それでもひとりよりはマシだった。

まわりに、誰もいないのが怖かった。
ひとりが、怖かった。
「なんで、レイラントは誇りなんか持っていたの…そんなもの、無い方がよかったんだ。なければ、こんな戦も起きなかったのに…」
泣きじゃくりながら呟く私に、少年は意外そうな顔をして言った。
「あれ、知らないの?」
「え……?」

少年はひざまずき、私の青い髪を一房とった。
「君の青い髪…レイラントの証は…一途で、ひたむきで。まるで流れる大河のよう」
そう言って、手に取った髪に軽く口付ける。

「すごく、きれいだ」

突然のことに、涙は止まった。

…はじめてだった。
忌まれるだけの青い髪。
きれいだなんて言ってくれたのは、この人が、はじめて…。

「レイラント族の青は、すなわち大河の青。レイラント族は、何よりも水を愛する一族だったよ…。覚え、あるだろ?」
そういえば。
昔から、近くにはいつも河があった。
わたしを生き残らせてくれたのは、お父さんと、お母さんと…そして、河だった。
お父さんとお母さんが、追われながらも私を河に流してくれた。

「…っ、おとうさん…おかあさん…!!」
再び涙がこぼれだす。
どうして、髪を染めようだなんて考えたのだろう。
お父さんと、お母さんと、そして河が残してくれた、大事な大事なものなのに。
泣きじゃくる私を、少年は優しく抱きしめてくれた。
「誰がなんと言おうと、その青い髪はきれいだよ。染めるなんて勿体無い」
何度も、何度も頷いた。…私が馬鹿だった。
それを見て、少年は嬉しそうに微笑んだ。


「なぁ、俺と一緒に暮らさないか」
私がすっかり泣き止んだ頃、少年はいたずらっぽい笑みを浮かべてこう言った。
「俺はずっとこの森でひとりで暮らしてきた。ひとり同士、憎まれる種族同士、一緒に暮らせば問題ないだろ?」
それは、確かにそうだけど。
でも…
「レイラント族とブレスト族は、ずっと敵対してたのよ?」
「その戦は、間違いだったんだよ。ハメられたんだ!…知ってるだろう!?」
急に少年はいたずらっぽい笑みを消して、最後の方は声を荒げた。
…彼もまた、私と同じで一族を失った。しかも、本当は必要のなかった戦いで……悔しくないはずがない。
「知ってる…けど…」

戦の始まりは、ブレスト族がレイラント族を侮辱したこと。
それを聞いたレイラント族は、プライドを汚されたと憤慨し、戦が始まった。
それは、ほんのささいなことで、他から見れば本当に愚かしいほど。でも、誇り高きレイラント族には充分な戦う理由だった。
…だけど。
それは、罠だったんだ。
ブレスト族がレイラント族を侮辱したなんて、嘘。
戦が始まる前から、この2つの種族を妬み、滅びればいいと企んだものたちによって流された嘘だったんだ。
それを私が知ったのは、戦が全て終わって、まわりに誰もいなくなってからだった。
「それでも…ずっと戦ってた相手と暮らすなんて…」
「…嫌か?」
うつむいた私の顔を覗き込むように、少年は優しく問いかける。
その問いに、私は首を横に振った。
「ううん…私は、いいの。あなたは………?」
顔をあげた瞬間、私の視界は真っ暗になった。
「もちろん。」
少年は私の頭を胸に抱きこんで、いたずらっぽく笑った。
その笑いを聞いて、また涙が溢れ出てくる。
「ひとりじゃっ…ないんだよね…!?」
「ああ、俺がいるよ」

私は久しぶりに、声を出して泣いた。




Copyright (c) Aqua-Harusora[[HARU*SORA]].
All rights reserved.
No reproduction or republication
without written permission.